LOBØS LOGOS 〜 adlibler’s diary

変幻自在、自由自在に。横浜市で活動している、ロボスフットボールクラブのオフィシャルブログです。

盛大な同窓会 〜 彼と、卒業生たちへ

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SUERTE juniors 横浜・8期生
堀切伸哉(背番号・12)


伸哉といえば、とにかく印象にあるのがいつも鼻水を垂らしていたこと。だらしなくていい加減で、でもとても愛嬌があって、憎めない存在だった。


スエルテにいた頃はそんなに派手なうまさはなかったけれど、6年の最後までしっかり続け、卒業後は中学の部活で、ずっとサッカーを続けてくれた。
まさかあの高校に進学するとは思わなかったけど、部員100名を超えるその強豪校で、3年間、やはり最後まで続けてくれたという。


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2014年7月


うちを卒業してから2年半後、伸哉が所属した中学サッカー部での最後の試合を観に行った記憶がある。彼が中3の時だ。
彼はFWをやっていて、小学生時代の印象よりもかなり逞しくなった印象があった。でもその日は僕に時間がなくて、確か試合を観てすぐに帰ってしまったから、会話は交わさなかったと思う。


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それから3年が経った、昨年12月


伸哉が久しぶりに練習に顔を出してくれて、最近、高校サッカーを引退したばかりということを報告しに来てくれた。久しぶりに会えたこと、そして自身の引退を報告しに来てくれたこと、さらに強豪校で最後まで辞めずに頑張ったことを知って僕は嬉しくなって、その日、彼のことをブログにも書いたんだ。

suertedream.pokebras.jp


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今年に入り、8月12日(日)


伸哉の幼馴染みでもあり、もちろんスエルテ卒業生でもある凛太朗と秀都が練習に顔を出してくれた。その時に伸哉のことも誘ったらしいのだけど、遠慮したようで、結局あいつは来なかった。このことは、後に彼のお母さんも僕に言ってくれた。あの日、誘われて行こうとしてたのに、って。


もしこの時に彼が来てくれていればと、悔やまずにはいられない。


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9月7日(金)
この日の夜、僕は渋谷で酒を飲んでいた。


二軒目に入ったのが21時過ぎ。一緒に飲んでた子と楽しく話をしながら、ふと気づいたら、右足に巻いていたミサンガがいきなり切れた。このミサンガは数年前からずっと巻いているもので、切れる兆候などは今まで全くなかったのに、この日この時、本当にいきなり切れた。


「うわー、急に切れたよ。願い事叶うかな。これ俺だと思って持っててよ」なんて、冗談交じりにそのミサンガをあげたりして。


今となっては、能天気にその時を過ごしていた自分が恥ずかしい。


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9月8日(土)
午前中、小学生の試合で秦野まで出かけた。


試合の合間、何気なくTwitterを覗いていたら、ある卒業生が意味深で沈痛なツイートをしていた。それだけでは何が起きたのかは分からなかった。何だろう、何かあったのかなと心配しつつもそのまま試合を終え、選手たちを車に乗せて横浜へ帰る途中に、凛太朗から一通のLINEが届いた。


昨夜、伸哉がバイクの事故で亡くなったと。


良い試合の後、上機嫌で運転していた時間が、一変した。
すぐには受け入れられなかったけれど「とにかく行かなければ」と思い、その日の夕方に行うはずだったジュニアユースの練習は事情を説明して中止にさせてもらって、伸哉の家があるマンションへと、急いで向かった。


彼がまだ小さかった頃からのことをずっと思い出しながら、伸哉の家へと向かった。半分、まだ信じられない思いを抱えながら。


LINEをくれた凛太朗と落ち合い、事故の詳細を聞いて、本当に伸哉が死んでしまったということを知る。
伸哉の遺体はまだ家に帰っていないらしく、結局この日は会えなかった。

 


伸哉が事故に遭ったのは、21時20分過ぎらしい。あの夜、渋谷でミサンガが切れた時間とほぼ一致している。彼は事故に遭いすぐに亡くなったわけではなく、2時間半後に病院で亡くなったそうだ。
まだ息もあり、死線を彷徨っていたあの時に、彼が僕を呼んだのだろうか。それとも、神様が教えてくれたのだろうか。


よく「虫の知らせ」などと言うけれど、本当にあるのかもしれない。偶然で済ますには、あまりにもタイミングが合い過ぎていた。


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9月9日(日)
彼が安置されている斎場へ、会いに行った。


8ヶ月ぶりに見る彼の顔。こんな形でまた見るとは思いもしなかった。彼の顔に触るなんて、おそらく彼が低学年の時以来だから10年以上ぶりだろう。その顔はすっかり冷たくなっていて、頭にはまだ事故の爪痕が赤く残っていて、悲しみと悔しさも相まり、なかなか凝視できなかった。


その後、斎場で彼のお母さんとも会えた。きっとショックで憔悴しきっているのだろうと会う前は思っていたのだが(もちろん実際はそうだったのだろうけれど)そんなそぶりは微塵も見せず、笑顔で対応してくれた。「伸哉、前よりもちょっと太ってたでしょ」なんて冗談まで言いながら。僕らだけでなく、伸哉に会いに来た他の何名もの人達にも、気丈に振る舞って対応されていた。


この時はまだ事故から1日半しか経っていない。きっと心中はショックと悲しみでいっぱいだったはずなのに。伸哉の母親としての最後の務め、という思いを持って、なんとか気力を保っていたのだろうか。お母さんのその心中を思うと、斎場を後にしてから、一気に泣けてきた。


伸哉、お前のお母さんはめちゃくちゃ強くて立派だったぞ。


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9月12日(水)
通夜の前日、かつてスエルテで伸哉と関わってくれていた 今井、斎藤、奥山 … この3名の元コーチと一緒に、再び斎場へ。


かつてのスエルテスタッフが再集結。こんな理由での再集結は悲しいが、全員揃って伸哉に会いに行けたことで、伸哉への、せめてもの餞別になれただろうか。


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9月13日(木)通夜の日。


この日は小学生の練習があったのだけど、事情を説明したら、本来この日は別の仕事をしている松永コーチが予定を調整し、替わりに練習を引き受けてくれた。その心遣いに、ただただ感謝しかない。


会場には、スエルテ時代の写真も飾られていた。幼稚園時代の写真もあったね。


予想はしていたけれど、通夜会場には本当にたくさんの参列者が。後から聞いたのだが300名以上も来ていたらしい。伸哉の人柄かな。


もちろん、スエルテの卒業生も大勢来ていた。会うのは卒業以来、という子も。


みんな僕を見つけては寄ってきて、声をかけてくれた。そのたびに僕は「おー!」とまるで別人のように大きく成長したかつての卒業生たちの姿に驚きながらも、本当に久しぶりになる彼らとの会話の時間を、しみじみと過ごさせてもらった。


だから、当初は通夜に参列した後はすぐに失礼して練習に戻ろうかとも思っていたのだけど、これは帰るわけにはいかないやと思って、松永コーチに連絡し本当に全て任せて、結局、お通夜が終わるまで(終わった後も)ずっと、会場内で特別な時間を過ごしていた。


伸哉の代(8期)は卒業以来「全員で会いましょう」的な機会が一度もなく、この日が本当に久しぶりに集まる機会となってしまった。もちろんこの代だけでなく、前後の代も含めたくさんの卒業生たちとその保護者の方々が、この日、この会場で一堂に集まった。


それはまるで、伸哉がつくってくれた盛大な同窓会だった。


かつての教え子たちがあれだけ大勢集まって、皆が声をかけにきてくれて、卒業してからのことや、近況を話してくれる。僕にとってあの時間は、かけがえのないものだった。


もちろんこんな理由で集まったのだから悲しさのほうが大きいのだけれど、これも伸哉が集めてつくってくれた機会なのかなぁという思いを重ね合わせながら、かつての仲間たちとの貴重な時間に、胸がいっぱいになっている自分がいて。


会が終わった後、お棺の中で眠る伸哉の顔を見せてもらうことができた。


事故の2日後に見た時の顔とは全然違う。
通夜の前日に見た顔とも、違ってた。
多くに人に会えて、伸哉も少し安堵したのだろうか。心なしか、安らかな顔で眠っていた。


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9月14日(金)
告別式にも参列させて頂いた。あいつにとって「最初のコーチ」としての、最後の務めだと思ったから。
通夜に参列していたかつての卒業生たちも、大勢参列していた。


告別式が終わり、GReeeeNの「遥か」が流れる中、お棺の中で眠る伸哉に花を手向ける。スエルテ時代の白ユニも、一緒にお棺に入っていた。秀都をはじめ、たくさんの伸哉の友人たちが声を上げて号泣していた。


伸哉、お前はいい仲間達に恵まれていたんだぞ。


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かつてのスエルテ名物といえば「サッカー広場」というものがありました。


現役のクラブ員だけでなく、卒業生も、保護者の人も、友達でも
年齢、性別、国籍関係なく誰でも参加していいよ!とにかく楽しくみんなでゲームしようぜ!と、定期的に開いていたのだけど


忙しさにかまけ、ここ最近はめっきりやらなくなっていたんです。


今回、こんな事情だけども卒業生がこんなに集まった。
きっとこれは、伸哉が集めてくれたものだ。


だから
卒業生のみんなへ
10月、久しぶりにサッカー広場をやることにしました。


『伸哉追悼・スエルテ卒業生限定サッカー広場』
10月13日(土)13-15時
10月30日(火)19-21時
いずれも旭スポセンにて


代(学年)は問いません。
もちろん、うちで卒業せずに途中でやめていった子だって、参加していいに決まってる。
当時の保護者の皆さんもぜひ顔を出して、昔話に花を咲かせて下さい。


追悼とは銘打っているけれど、あくまでも楽しくやります。
天国にいる伸哉にも届くように。

 

本当の同窓会。みんな是非、参加して下さい。

 

adlibler.hatenadiary.jp

 

肉体は死んでも、魂は残る。人の記憶も残る。

せめて、彼のことをずっと忘れずにいてあげたいと思います。